微熱の理由

こちらはボーイズラブ小説の二次創作のお話となります。
関心ない方、お子様は閲覧なさらぬようお願い申し上げます。

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連日のように、有り難くもポチポチ拍手を頂戴致しております。
でもって、もう初夏のお話でもないかなと思いまして…拍手御礼として置いておりましたものを引き上げさせて頂きました。
(また新しい御礼ssが入りましたら、こちらで告知させて頂きます)


で、せっかくの初めて?茅島氏を書いたものですし、珍しくそのまま表に置いてみました。

遠野春日作品 「茅島氏の優雅な生活」 庭師の彼×茅島澄人で


よろしかったらこちらから。



     ↓










◇ ◆ ◇


               「微熱の理由」



少し熱が出ている他は、これといった症状はないのだが…

微熱が続くのは良くないこと、と主人を心配する彼の忠実なる執事、波多野氏に半ば押し切られる形で、澄人さんが東京の大学病院へと入院したのは5月の始めのことだった。

世間はまさにゴールデン・ウィークの真っ最中、都心へ向かう高速は少々混みはしたけれど、反対車線のそれとは比べものにならないくらい楽なものだ。

彼の主治医が卒業したと言う大学の付属病院は、都内でも有数の緑の多い場所にあることで知られていたが、当の本人、俺の雇い主兼恋人である彼にとってはたぶんそれも「どうでも良いこと」なのだろう。

幅の細いブラインドから漏れる陽が間接照明のように散光し、静かにシーツへと沈む白い頬を光の粒が柔らかく包んでいる。

「機嫌が悪い」と顔にあからさまに書いてある彼の顎のラインを指で辿り、さっきからずっと、俺は頭の中で必死で言葉を探していた。

何としても明日、いやできれば今日のうちに。
あの美しい庭を持つ、この人の屋敷に戻りたいのだから。

「いいか、良く聞いてくれ、もう一週間も偉い医者が寄ってたかって調べているが、微熱の他は血液もMRI検査もまったく平常、アンタはほぼ健康な成人男子だ」

それを聞いているのかいないのか、大きくベッドの上で寝返りを打つ背中が、ヒクリ、と一瞬小さく揺れる。

「そんなことは言われなくても解っている、だから…だから別に入院など必要ないとあれほど波多野に言ったんだ」

「なら話は簡単だ、こんな所にこれ以上泊まる必要はない、今すぐ荷物をパッキングして帰ろうぜ!なんならアンタはここに残って俺だけ戻してくれてもいい、アンタの検査が全部済んだらすぐに迎えにくるから」

「………。」


(また、だんまりか)


ここまで話したあと何故か黙り込んでしまう、という場面がここ数日続いている。

特別室とはいえ、さすがにここは病院だ。
簡素な、薄味の食事と代わり映えのしないベッドと、あとはソファーだけのワンルーム。
もううんざりだと口で言ってはいても、いざ帰る話になると、やれ頭が痛いの手足が怠いのと甘えてばかりで付き合い切れない、正直もうそろそろこっちも限界だった。

「この時期アンタの庭は一年で一番美しく輝き、また一年で一番手の掛かる時期を迎えてる…やるべき事は山ほどあるんだ、それでなくても広すぎて手が回らないのはアンタも知ってるだろう?」

その話は聞き飽きた、とでも言いたげにプイと顔を窓へと背け、挙げ句の果てには、絵に描いたような狸寝入りで目を閉じてしまう。
こうなっては、何を言ってももう無駄だ。

またやってしまった、と軽い失望感に囚われながら、俺は毛布の端をそっと捲り、ひんやりとした肌に手のひらを伸ばして言った。

「足をマッサージしてやる…ん、たった一週間でもずいぶん筋肉が落ちてしまったな、午後には外へ出て散歩が出来るよう、主治医に直談判しておくよ」

黙って揉まれている白い足が、ゆっくりしどけなく開かれ、俺は彼の満足を知る。


もうすぐ本当に眠ってしまうだろう。

それもいい、どうせここにいるのもあと数日のことだろうから。




- - - - - -




「アレは、なんと言う名前の木だ?」


約束通り午後の一時間だけという条件付きで、パジャマの上にガウンを羽織らせた彼を病院の前庭へと連れ出すことに成功する。

この地域の住民にも公園として開放されているらしい緑の空間は、季節の樹木があまり手を加えられず好き放題に枝葉を繁らせ、若葉の季節を謳歌しているようだった。

ゆっくりと肩を並べて歩くのは、屋敷の庭でも同じ事だが、ここでは子供がはしゃぎ声をあげつつ前を横切り、車椅子の老婦人がのんびり空を眺めていたりと人が多く賑やかで。
ただ「一般人に混じって公園で風に吹かれる」というつまらない事すらも、この人にとっては特別なのだと、改めて気づく。

「いくらなんでもアンタも知っているだろう、ソメイヨシノ、という品種の桜だ、とっくに花は散っているが、ギザギザのふち取りの薄い若葉を塩漬けにして桜餅にも良く使われる、それより今、花が咲いているのはホラあっちの、公園の外の街路樹のハナミズキだ、赤い5つの花弁が優雅に開いて美しい」

「そう、か…」

ハナミズキには別段興味が無いのか、見るとも無しに首を動かしただけで、視線はすぐにまた桜の大木に戻ってゆく。
それを見て、俺は以前から思っていた小さな疑問を迷わず彼に問いかけてみた。

「そういえば、アンタの屋敷は日本の古い建築物なのに、庭に桜の木が一本も無いのは何故なんだ?」

「知らない」

「先代の趣味で本格敵な英国風の庭、秘密の花園を作った他はとくに縛っているわけでもない、裏庭なんかには紅葉もあれば松も、槇の木もあるんだ、桜が一本も無いというのは不思議だとずっと思っていたんだが」

「特に聞いてはいないし、特別意味があるとも思えない、それとも日本には庭に桜を植えなければならないという法律でもあるのか?」

「そんなことはないが、大昔から、大概の日本人は桜の下で宴を開き、桜を愛でて来たからな、だからアンタも満開の花の下で花見をしてみたらいいと…」

「日本中がやっているようなことなら尚更…わざわざ私がすることはない」



そこまで聞いて、何故だか不意に腹の底から笑いが込み上げた。


そうだ、別に何の理由も無い。
いやむしろ、無いことに意味があるのだとさえ思う。


そのとき前を歩いていた細い背中が突然振り向き、噎せるように身体を折り曲げて笑う俺に向かってコクリ、と首をかしげてみせた。

「さっきからお前は何がそんなに可笑しいのだ?いくらなんでも失敬だろう、皆がこちらを見ているし、ボール遊びをしている子どもが面白がってお前を指差しているぞ!」

「ハハッ、…フフ…アハハ…悪い、どうにもその通りで、なんだか可笑しくてな…フフッ」

「もういい、私はもう疲れた、早く病室に…んんっ!」


スタスタと元来た道を早足で戻る背中を、後からギュ、っとわざと大げさに腕に包んで抱き締める。

彼の柔らかな髪が風になびき、抑える俺の指先に糸のように優しく絡まった。

「ソメイヨシノは江戸末期にほぼ一本の樹から広がって、江戸市中に、それが日本中に、今や世界の各都市に広まって増えていった品種なんだ、まぁ遺伝子で言えばクローンみたいなモンで、特別有り難がるようなもんでも何でもない、むしろ特定の遺伝子だけが蔓延ることを否とする自然界に、逆行するようなものでもあるからな」


耳に直接口を付け、そう囁いて息を吹き込んでやると、ピクリと首を竦めた彼がくすぐったそうに肩を揺らした。


「そうか、なら無くてもいいのだな」

「あぁ、無くていい、無いにはやはり理由があったんだ」



特別なものしかいらない、アンタも…そして俺も…



「いや、理由など無駄なものだ…微熱も胸の痛みも何の理由にもならなかった…お前と二人きりになりたいと願わずにいる為の…」

「はぁ?何を言ってる、澄人さん、アンタ」

「そうだ、去年は英国へ旅行したのに、今年はどこへも誘われないから…どうせ、また庭にいるお前を眺めて一人で過ごすんだと、それも良いと考えていた…なのに、どうして…」


腕の中の身体を反転させ、まともに顔を覗き込む。
すると焦点の合わない彼の瞳がぼんやりと目の前に現れ、一瞬で涙をポロリと溢れさせた。
もう回りなど気にならないのか、こっちの首に力を抜いた腕でぶら下がり、そのまま身体を預けて大胆にもキスをねだってくる。


ん…チュ、くちゅっ、…はぁ…あ…

しばらく夢中でお互いの唇を味わっていると、このキスが随分と久しぶりのものだと気づいて、また余計に抱擁が切なく胸が苦しくなった。


「ん~っ、そりゃ、自律神経失調から来る依存性恋愛熱ってとこだな」


嵐のようなキスが終わり。
俺は何事もなかったようにわざとゆっくり歩きつつ、まさに浮世離れしてフラフラと隣を歩く儚げな恋人の手を、強く引いてギュッと握った。

「そんな病名があるとは思えな…い…」

「そういうことにしておけばいいだろう、全裸になって一晩中抱き合ってする、体の隅から隅までの細かい検査が必要だ、クソっ、マジで何日も我慢して大損したな…その分も取り返すとなると、明日はあっちの高級ホテルに部屋を取ってあと2・3日は治療に掛かるがいいか?」

後に見えている高層ビルの老舗ホテルを指差して俺が戯けてそう言うと、彼の瞳に光が戻り、本当に嬉しそうにフワリ、と笑った。


「お前が抱いていってくれるなら、いい」

「あぁ抱いていってやる、だから今夜は大人しく、覚悟して俺の言うことを聞けよ…必ず全部、治してやるから」

「誰かが来たらどうする?」

「いいさ、これはここじゃ治せないって解っちまったんだから遠慮は無用だ」

「治せないって、お前は、医学部卒じゃないだろう?」

「あぁ大学で学んだのは建築だ…」


でも、この病気の治し方くらい習わなくても誰もが知ってる。


ただ優しいだけの。
甘い恋をすればいいんだ。


細い身体を抱き上げ、ゆっくりと病室へ戻る途中。
いつか雑談の中で聞いた、美麗な若い主治医の言葉が、俺の頭の中を過ぎった。



もし、この世の病気のすべてを集めたとしても。

その90%以上、ほとんどは最後まで何が原因か解らないまま治ってしまうものなんです、と。







Fin.




◇ ◆ ◇
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by apacheoffice | 2011-07-01 20:47 | 他作家様作品での創作 | Comments(0)
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