劇団薔薇座の思い出

その偉大な業績を、私のようなものが語るのは僭越至極、申し訳ないことと重々承知の上ですが。

日本を代表する声優・演出家である野沢那智さんの訃報に接し、子供の頃からの思い出などを(一本のご供養の花となればと思い)書いてみようと思います。

もちろん洋画の名優アラン・ドロン、ブルース・ウィルスなど、親の代からもう延々とお世話なってる訳ですし(最近では「コブラ」でもうまさに女のハートをぶっ放す、肉感溢れる色男たまらん!)深夜放送ナッチャコパックをリアルタイムで聴いた、私たちがたぶん最後の世代。

思えば大人って何?の答えをいつも持ってる人だったと思うんです!

気の利いた会話、絶妙なやりとり、リスナーの扱いや選ぶ音楽。
すべては洒落てて大人だった。

そうそう、最後のナッチャコの放送で、今までで二人の一番色っぽい艶っぽいエピソードは何?のような質問があって、それがすごく面白かったっけ。

まだ放送が始まって2年目ぐらいの頃(まだお二人が十分に若かった頃!)大雪で放送局から帰れず、近くのホテルにようやく部屋を見つけてもらって番組ADに案内され徒歩で向かったら満室、一部屋しかない。
<つまり白石さんと一緒だった!逃げるように帰るAD

何か気の利いたことを言わなくちゃ(この場を和ませて笑わせなくちゃ)と二つ並んだ布団にド緊張する(若い)那智さん。

すると、部屋に入った途端に、白石さんがズルズルと隅っこに布団を引っ張って行き「明日も早いんだからおやすみなさいっ!貴方も早く寝たほうがいいわよ~~♪」と引っ被ってサッサと寝てしまったんだとか。

う~~ん。聞いてるこっちが唸るエピソード。
昭和の男女のなんと大人なこと。
<これでたぶん30代なるかならないかだもんね

もちろん、眠れるわけなどなく、すやすやと眠る白石さんの寝息を聴きながら一晩中起きていらしたのだとか。

放送の長い歴史、その最後の方しか聞いてなかったけれど(親に隠れて夜中にこっそり)あの素晴らしい間の取り方、チラリと聞かせてくれる演技に、子供心に凄さを感じたものだった!

そして、しばらくたって、こっちが大人になってからは、劇団薔薇座の主宰者としての印象が強い。

あの衝撃の舞台「BENT」の日本初演。
今は無き池袋文芸坐の地下一階、劇場「ル・ピリエ」の暗くて狭い階段に並んで一人で胸をドキドキさせていた10代の私に、あの時、ビビビッと稲妻が走った…
<というのは大げさじゃないよ

ナチスドイツの迫害によりユダヤ人よりも政治犯よりも一番下の酷い扱いを受けていた同性愛者の投獄を扱った問題作。

屈辱のピンクのリボン(同性愛の印)を嫌がり、黄色いリボン(ユダヤ人の印)を欲しがる仲間を横目に堂々と自分の真実を語り拷問に耐え、そして隣の獄の男と会話するうちに愛が芽生える…

そして言葉で、心だけで二人が交わす情交のシーン。

「今、僕は君の肩に触れる…」

「胸に…そして唇…」

と言う感じ(セリフの詳細は異なるかもしれませんが)こんな風に、愛される男がそれを聴くだけで、裸の、その部分の肌の色がリアルに変わって行く。

人はどんなことをしても自分を偽ることはできないのだと…

質素なセット、舞台と客席の段差も何もなくて、ほんの一メートル先に半裸の男優さんが立って、全身で何かを訴えている。

す、凄いもの見たわ。

当時の日本で、よくもこんな題材を真っ向から演出する気概のある演劇人が他にいたでしょうか。

舞台には何度も通ったけれど、一度だけ、一番後ろで腕を組んで、じっと見ていらした那智さんのお姿を拝見することができたのが、人生最初で最後の生那智さんだった。


人間、二十歳ぐらいの頃にどんな物をどんなものを聴くか、どんな舞台を見るか。
これがいかに大事かということを、この年になって那智さんから教わるような気持ちです。


日本のメディア、エンターテイメントの世界に多大な影響を与えた恩人のご冥福を、心からお祈り申し上げます。

ありがとうございました。
[PR]
by apacheoffice | 2010-11-01 11:52 | ちょっとおしゃべり

作文だったり感想だったり。大人の女性のみどうぞ♪


by apacheoffice
プロフィールを見る
画像一覧